三宅唱『旅と日々』感想
つげ義春はねじ式しか読んだことない、三宅唱は初見の人間の感想
週末夕方渋谷にて客入り1、2割
スタンダードサイズに映し出されるひと夏のボーイミーツガール的物語。私大好き河合優実さんが出ています。別れの時間が近づくかというところでこれは劇中劇だと知らされる。そこからはその作品を書いた脚本家の話になる。恩師?の死を契機になんとなく、旅に出る。冬の温泉地、予約なしゆえ、宿の当てが外れて彷徨って偏屈そうな男が営む客のない宿にたどり着く。ちょっとした冒険(犯罪)を経て少し主人公は変わっただろうか。宿の主とは無言で別れる。
旅、言葉を超えて
言葉に還元しえない人間の表情がよく撮られている。宿の主と共犯関係になり、宿に帰還し酒を飲んでいるときの主人公シムウンギョンのにやついた表情がとてもよかった。急に饒舌になってそれを主=堤真一にも指摘される。こうした時間の経過とともに(指の包帯とってみたとか、)変化する人間関係や表情が穏やかでありつつしっかりと描かれる。随時挟まれる日記による主人公の独白で日々の生活は周囲のものを名付け馴致していくことみたいなことだ、我々はあまりに言葉にとらわれすぎている(もっと違う言い方はしていたが)という。旅を通じて言語に支配され、飼いならされた日常を打破する。いや打破という言葉はこの映画のトーンに対して強すぎる、ずらす、脱臼させるくらいな感じ。
異邦性
主人公の脚本家が韓国人であるという設定も旅がもたらす日常と非日常のゆらぎをより強調する。周囲をしっかり観察しながらも遠慮がちな主人公は持ち前の性格もあるが、異邦人であることにも起因している。恩師の形見にもらったカメラを窃盗現場に置き忘れるが、これはいっとき、彼女が観察者から行動者へ立場を変えていることを示している、だからこそ宿に戻ったあと、酔っぱらうことができる。
とても地味だがよい映画、休日に勇んでいくというより、しごおわシミジミ向きか