『疫病と世界史』感想

ウィリアム・H・マニクール著、初出は1975年=エイズ発見以前

これまでの歴史学では人間の動向を中心に記述していた。コルテスのアステカ征服における天然痘、はしか、ペストなどが代表例であるが、これ以外にも人間同士の相克は様々な細菌、ウイルスに多大な影響を受けてきた。また本書はミクロ寄生/マクロ寄生という切り口で人間の人間への寄生を病原体の人間への寄生の相似形として理解する。寄生者にとっては宿主を生かさず、殺さずもしくは次の寄生を確保できる程度の適度な移動ができることが好ましい。高温多湿の環境の方が様々な病原体の生存に適しているため、南方への人間の進出は限定的になる。これ以外にもハンセン病結核といった病原体同士の相克もある。

コルテスのアメリカ大陸への侵出において疫病は軍事的成功とともにキリスト教の侵出にも影響を果たした。既に免疫を持つスペイン人と免疫をもたないアステカ人の生存率の差がキリスト教の説得力を捏造する。ヨーロッパにおいてもこの彼岸的宗教は疫学が十分でなく、無力に人びとが死ぬ世界において蔓延する環境にあった。これはインドにおける仏教が旧来の宗教を駆逐したことともパラレルに考えられると指摘する。宗教も人間の精神に寄生する疫病ということができるだろう。同様に芸術も疫病の影響をうけダンスマカーブルのような定番の題材となるといったことはもちろん、人間の無力さに対する眼差しは様々な芸術を規定する基本的要素となる。

18世紀以降、これまではあまり効果的でなかった疫病への対策が医学・公衆衛生観念の発達に伴い、郊外からの流入を前提にせずとも都市人口の維持もしくは増加が可能となった。このため従来は死者があけた椅子を得ることができたものができなくなりスラムが形成されたり、安定した都市住民の出生率の低下を招いたりするだろう。

コロナ時代において日本では特に労働面での儒教的倫理観が無効化される傾向があるだろう。市民革命を為しえぬ社会においては変革は外圧からということだろうが、これが定着するのかは不明だ。